大津 元一

■3. ナノフォトニクスによる限界打破

 3.1 近接場光の発生と使用

 従来のフォトニクスに使われている光は光源から発し,その後は光源とは独立に空間を伝搬する電磁波である.回折はそのような波の基本的性質であり,それに起因する回折限界は打破できないと考えられてきた.しかし最近,近接場光と呼ばれる光を使うことによりこれが打破された.


図3 近接場光の発生の様子
微小物体に光を照射すると透過,反射,散乱光とともに光の薄い膜,
すなわち近接場光が発生する.

 近接場光の発生と検出のより詳しい説明は文献にゆずり(4),ここでは現象論的に説明する.図3に示すように,入射光の波長に比べずっと小さい直径を持つ球に光を照射すると入射光の多くは透過,反射,散乱して伝搬していくが,同時に球表面には表面波,すなわち近接場光が発生する.そのエネルギーの値は球面から遠ざかるに従い急激に減少する. すなわち,球表面に近接したところにエネルギーが集中した光なのでこれは近接場光と呼ばれている.つまり非常に薄い光の膜であるが,その膜の厚みは球の直径程度であり,波長よりずっと小さい.この近接場光を使った技術がナノフォトニクスである.

図4 ファイバプローブとその先端に発生する近接場光

左は先鋭化ファイバの電子顕微鏡写真(写真の横幅は8.9 μmに相当).
この先鋭化ファイバを用いて作製したファイバプローブの先端に近接場光が発生する.


 近接場光を発生させるための微小な球の代りに最近ではガラスファイバを素材として図4に示すように先端の曲率半径が数nm以内に針のように尖ったプローブ(ファイバプローブと呼ばれている)が開発された.そしてこのファイバプローブ後端から光を入射し,先鋭化された先端部に近接場光を発生させ計測,構造分析などが行われている(4).更に最近では近接場光のエネルギーを利用して光メモリ,加工などが行われるようになり,まさにナノフォトニクスが急進展している.例えば光メモリの記録の寸法,再生の空間分解能,加工の精度は近接場光の空間的寸法,言い換えるとファイバプローブの先端の寸法によって決まり,それは回折限界を超えて波長よりもずっと小さな値であるから,2.で記した21世紀の社会の要求にこたえる可能性がある.現にこの可能性を実証する研究開発が活発に行われている(5).以下ではこれらについて記す.


 3.2 光メモリ

 近接場光により記録するにはファイバプローブ先端の近接場光を記録材料に照射して材料表面の構造変化,形状変化を誘起させる.再生には近接場光による形状計測を行う.近接場光による記録密度及び記録の最小寸法はプローブ先端寸法によって決まり,記録密度1Tbit/in2に相当する記録寸法(25nm)を実現することは原理的には既に可能となっている.実用化のための問題点はソフトウェアとハードウェアにかかわっており,かつこれらは相互に関連している.特にハードウェアに関しては記録再生速度,記録再生ヘッドの安定走査,記録材料の開発などの技術的問題点が抽出されている.

 この状況下で既に記録再生ヘッドのデバイス,記録媒体,メカトロニクス,ソフトウェア,標準化などの各課題を有機的に関連付けた技術開発方針が詳細に検討され,産業的戦略とともに技術開発の段階に入っている.実用化の際の形態としては密閉型(従来のハードディスクドライブと同様の装置外形を有し,薄型・小型化によりすえ置型の端末や携帯端末など広範囲の端末機器に使用),パッケージ型(従来のパッケージ型光ディスクの発展型としてテラバイト級の廉価な脱着可能な記録媒体を提供)の二つが考えられており,両型ともROMを経てRAMの実現に至るべく,開発が始まっている.




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