〔笠原〕
 私と情報理論との出会いは,昭和35年に「情報理論をやれ」と言う当時阪大教授で私の父でもあった笠原芳郎の言葉でした.手渡されたのがゴールドマン(Goldman)の「情報理論」という本で「これを読み,深く考えれば論文が書ける」というわけです.しかし,さっぱり論文らしきものが書けなくて,結局は,当時,たまたま阪大を訪問されたピーターソン(Peterson)博士とお話することができ,これが大きな刺激となって,「誤り訂正符号」をやろうと決心することになりました.

 「誤りを訂正または検出できる符号に関する研究」という今から考えれば非常に一般的なタイトルで学位を取り,阪大で教え始めました.私は通信理論という講義を担当していたのですが,シャノンの情報理論を中心に教えていました.

 そのときに,一番学生が目を輝かせて聴講してくれたのは「キャパシティ定理」でした.ベル研のピアス(Pierce)博士が,「サイバネティックスへの道」という本の中で,帯域幅とSN比のトレードオフの関係について解説し,シャノンを非常に褒めたたえているわけです.私はそれを読み「シャノンはすごいな」と思いながら学生にこの話をすると,やはり非常に興味をもって聴講してくれました.

 もう一つ,目を輝かせて聴いてくれたのは,相互情報量の話です.私は,相互情報量の講義をする前には胸がわくわくして,前日から非常に興奮するような状態で,とても張り切って教室に行きました.相互情報量の話をたっぷり3回ぐらいの講義時間をとり,いろんな具体例で説明すると,学生がとても感激してくれました.シャノンの業績というのは,「キャパシティ定理」と「相互情報量の考え方」,それに「レートひずみ理論」に集約されるのではないかなと思います.これらの一つ一つに驚くべき深さがあり,しかもぴったり技術に結びついています.

 阪大から京都工繊大に移ったとき,テクノロジー論を教えるように言われました.ここでもシャノンとの出会いがありました.テクノロジー論の視座からとらえると,シャノンのやったことは,私はガリレオ(Galileo)を上回るのではないかと(笑).ただ,このことが21世紀に認められるかどうかは,ネット社会における我々のあり方によるのではないかと思います.ネットワーク文化に耽弱するような姿勢が支配的になれば,シャノンのやったことはすっかり忘れ去られる可能性すらあります.逆にネットワーク文化というものは,結局は人間が作ったものであって,あくまで人間が主,マシンは従であるという考え方が支配的になれば,シャノンは,歴史に現われた最高の科学者として評価されるのではと思います.

 私は,「シャノンを神様と思っているか」と問われれば,多分「そのとおり」と答えると思います.ある会で招待講演をお引き受けしたときに,私は,一番最初に,「すべての情報理論はシャノンの脚注である,ストンヘッド曰く.」というスライドを見せました.実はホワイトヘッド(Whitehead)というイギリスの著名な哲学者が,「すべての哲学はプラトンの脚注である.」という有名な言葉を残しているのです.ヨーロッパの哲学はギリシャのプラトン(Platon)以後いろいろ発展したけれども,後世の哲学者が言っていることは,みんなプラトンがやっていてプラトンの脚注に過ぎないと言ったわけです.私はシャノン教信者なので(笑),「すべての情報理論はシャノンの脚注である.」と,まず最初に半分本気で言ったのです.


〔辻井〕
 笠原先生の仕事は符号理論,暗号理論,ほかにもあると思いますが,話が余り発散してもいけないので暗号理論はちょっと後にして,符号理論もやはりシャノンの影響というふうに考えていいんですかね.


〔笠原〕
 そうです.


〔辻井〕
 いや,御自身の仕事…….


〔笠原〕
 私の仕事,やはり脚注ですね(笑).ただ,私は,なんていうか誤り訂正符号では二つの仕事をさせて頂いたと考えています.2年前のクリスマスのころ,ぶ厚いハンドブックがオランダから出版されました.世界に現存する最良符号の表が載せられていまして,距離が29以下の符号が数百種類集められているのです.数の上では15%ぐらいが私のグループによって発見された符号で,素直にとても嬉しいことと考えています.

 それから,当時三菱電機におられた杉山康夫氏のドクター論文の一部となった「ユークリッド復号法」は非常にシンプルなので,発見当時,既に周知なことではないかと気がかりでした.知友のベールカンプ博士に送ったところ,「私は今, Information and Control(I & C)のエディタをやっているけれど,論文として即採録したい」と言ってきてくれたのです.しかし博士は同時に「I & CはIEEEの論文ほど読者数が多くないのでIEEEに出す方がよいかもしれませんね.」と.だけど私は早い方がよいと判断し,「I & Cに載せて頂きたい」と返信したところ,すぐに載せてくれたのです.

 その後,“ゴッパ符号はユークリッド互除法を用いて復号することが可能”という内容のレターがゴッパ(Goppa)博士から嵩先生のところに届きました.嵩先生はすぐに「これは日本のグループで考えていること」という返信を出して下さいました.

 ですから,ベールカンプ博士と嵩先生が私どものユークリッド復号法が世に出るために不可欠の存在だったという感じがします.ともすれば,埋没しやすい日本人の業績を守るためにも嵩先生のような存在は貴重と思います.




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