〔植松〕
 私と情報理論の出会いは,大学の学部の2年生のときに,辻井先生の講義で,最初に教わったのを覚えております.

 当時の印象は,情報をどんなに圧縮してもこれ以下にはできないエントロピーという限界があることを知り,これはすごく面白いと思ったのが一つ.

 もう一つは,先ほど笠原先生がお話しなさっていたように,通信に容量が存在して,普通,誤りなく送ろうと思ったらゆっくり送らなければならず,どうしても送るスピードが遅くなると思われるが実は符号化という手法を使えば,遅延はあるかもしれないけれどもスピードを犠牲にしないで誤りなく伝送できるのだというのを聞いて,「こんな数学的な研究を電気の中でもやることができるのだな」と思いました.電気工学の分野の中で数学的なモデルを使う分野があるということを知って非常にびっくりしました.

 本格的に情報理論を研究するようになったのは,92年に北陸先端大に移って,コンピュータの学科におりましたので,データ圧縮のような身近な話を学生に話した方がいいのかなということで,「情報源符号化」,いわゆるデータ圧縮の話を始めました.優秀な学生が来てくれたので,彼らにデータ圧縮の研究をさせて,自分は「通信路符号化」の研究に移ってまいりました.

 それから先は通信路容量を相手にしようと思いまして,ランダム・コーディングなしに通信路容量に近づく方法はないだろうかと考えていました.

 そうすると,やっていたことがシャノンのやっていることにだんだん近づいてくるのです.「そろそろシャノンの論文とかも読まなければいけないな」と思って読みますと結構いろいろなことが書いてあるのです.要するに哲学的な論文なのです.これから自分がどういうことを試みようとしたかが書いてあって,厳密には必ずしも数学的なものではない.しかし,読むべき人が読むと,すごくいろいろなアイデアが出てくる.そういう形のものだということが分かって,これはもう情報理論の分野で仕事をするしかないだろうということで今に至っております.


〔辻井〕
 ひとわたり自己紹介をして頂いたのですが,今日,御欠席の方の御紹介をどなたかして頂けますか.韓さんが最近された「スペクトル理論」というのがあります.IEEEでBest Paper Awardを競り合ったようですが.


〔植松〕
 スペクトル理論というのを簡単に説明しますと,今までシャノンの考えていた情報理論というのは,例えば情報源にしてもせいぜい定常エルゴードまでなのです.ところがスペクトル理論というのは,そこを踏み越えることができる理論なのです.定常性もいらない,エルゴード性もいらないという広い枠の中で情報理論というのをとらえ直しましょうと.

 エントロピーとか通信の容量という概念を,今まで扱えなかったようなもっと広いモデルの中でとらえ直すことができるようになったということが大きな成果です.


〔辻井〕
 韓さんの理論は,まだ,使える使えないという段階ではないんですか.


〔植松〕
 まだ哲学ですね.


〔甘利〕
 だからこれから発展する可能性がある.いわゆるエルゴード情報源でない一番単純なものは電話で英語でしゃべるか日本語でしゃべるか.出だしの一文字でどっちかに分かれてしまうわけです.後は定常エルゴードでしょう.非常に単純なものを二つ混ぜたのです.それは韓さんの枠内なんだけれども,有限個を混ぜたものだけなら,従来の理論で単純にできますが,韓さんのはそうではなくて無限個になっているのですよね.


〔植松〕
 そうです.その混ざり具合が,いわゆるスペクトルと.


〔辻井〕
 あ,そういうことか.スペクトルって何かと思った.次に,嵩先生が「シャノン賞」をもらわれたというのは,業績としては符号理論ですか.


〔有本〕
 嵩先生は符号理論の権化だから(笑).


〔辻井〕
 嵩先生について何か…….


〔笠原〕
 私が院生のときにもう既にすごい業績を挙げておられました.私が強く受けた印象は,あのころ,嵩先生が抽象代数学というような通信工学とは無縁と思われる数学をたくさんに使った論文を電子通信学会の雑誌に載せておられたことです.

 ただ,そのころは,非常に冷ややかな目で見られていたと思うのです.紙と鉛筆の研究というのは工学部ではしてはならないという雰囲気だったので(笑).しかし,嵩先生はそういうことは余り気にされず,あの哲学者的な雰囲気で我が道を行くというやり方を徹底しておられたのが非常に良かったのではないかと思います.

 あと,リードマラー符号の重み分布だとか,そういったことで非常にたくさんの業績を挙げられましたよね.符号理論ではやはりすごい人.私の永遠の目標で,もちろん,今でも目標です.




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