これがどういうふうに21世紀に影響していくかを考えますと,一口で言えば,バイオからの発想になるだろうということは明らかです.ちなみに20世紀は物理学の時代だったといわれています.物理というのは主として無生物を扱い,生命現象を含まないというのが古典的な原則ですが,両者が全く無関係ということではありません.生物という場合にも物理的な法則なりケミカルな部分が入っています.特に,幾何学が変るときに人類の科学技術の歴史が変るといわれていますが,フラクタル幾何学は,特別な整数次元のところではユークリッド幾何学ですから,部分的にはユークリッド幾何学を含んでいるわけです.従来の近代化の過程では,少数以下の次元のところは切り落としていたというか,そんな図形は描けといわれてもなかなか描けなかったのです.今やパソコンを買ってくればソフトがサポートしてくれますから,文系の学生でもフラクタル図形が描けるし,それを眺めることによって人々はフラクタルという幾何学の世界を具体的に知ることができるわけです.ちょうど望遠鏡でガリレオが見たというのと同じことが起っているわけです.

 これに対しまして,物理学での「くりこみ」理論という,ノーベル賞をもらわれた朝永先生らがやられた仕事がありますが,これは電磁気学,電磁場の量子化のときの問題を解決したという仕事です.これと今のフラクタルを比べてみますと,フラクタルでもスケールの倍率をどんどん上げたりしましても自己相似性を持っていて同じ図形が出てくるという,変換に関して不変であるという意味で論理的には物理の世界でのくりこみと同じといえます.フラクタルという幾何学的概念が21世紀には一般化されて物理学をはじめ広く適用されるというふうに申し上げていいと思います.

 



■3. マクロからミクロへ

 クリントン大統領も例のホワイトハウスでのヒトゲノム計画成功発表のときに言っていましたけれども,人類は大航海時代と同じように新しいアトラスを手に入れたのです.コスモスというと,普通は大きな宇宙を考えますが,一方ではミクロのコスモス,人体とか生物体の内部をミクロコスモスといいます.生命の遺伝という,暗号みたいなメカニズムですが,ミクロのコスモスの全貌が分かったということは,ちょうど地球上でのマップが全部分かっていく過程と似ているわけです.

 先ほど幾何学が変るときに考え方が非常に変ると申し上げました.幾何学はジオメトリー(geometry)でございますから,「geo-」という土地,大地という概念がまずございます.ジオグラフィー(geography)が地理だったり,ゲオポリティクス(geopolitics)が地政学であったり,いろいろアトラスの地球の表面に関する一つの学問の群がございます.もう一つは,アストロノミー(astronomy)が天文学,アストロノーティックス(astronautics)が宇宙旅行,のような「astro-」のスケールのところがマクロコスモスであり,私たちの科学のベースになっているわけです.

 これに対しましてミクロコスモスの方は,結局「アトラスに対応するのは何か」という問題になります.私も医学部におりましたが,医学部の学生は一番初めに解剖学を習うのですが,解剖学のアトラスというのは人体の解剖図です.「バイオの時代」では,ミクロコスモスの世界において,「生命が微小な部分に宿る」ということわざがございますが,微小なところをどんどん拡大して見ていきます.この観点をミクロスコピック(microscopic)と言いますが,SEM(スキャンニング・エレクトロン・マイクロスコープ,走査形電子顕微鏡)を使ってどんどん拡大してミクロを見ていくとき,人はそのスコープの中で見える範囲で物事を考えるわけです.人の考えは見えるものに大きく影響を受けるわけですから,このようにミクロが見えるようになりますと,人体の中でのケミカルな動きが本当に説得力を持って,ガリレオの天体望遠鏡の観察と同じように人々の思考に圧倒的な物質的基礎を与えるわけです.

 これがもっと進みまして,スキャンニング・トンネリング・マイクロスコープ(STM)を使えば,文字どおりナノメートルの世界が見えます.これを実際に見せられるとだれでもショックを受けまして,非常に大きな一種のコンバージョン,考え方の変換が起るわけです.こういうナノメートルの世界,10のマイナス9乗メートルの世界に入っていくということの本質的な意味というのは非常に大きいのです.

 炭素が並んでいる表面をナノメートルオーダのSTMで見ますと実際に炭素の結合状態を映像で見ることができます.DNAも同じでありまして,確かに二重ら旋が巻いているのが見えます.ごく最近ではもっと拡大して中の塩基対の状況まで見えてきているようです.

 第1回のノーベル物理学賞をもらったのはレントゲンですが,X線を発見した人です.X線によって人類が始めて生きている人の透視図を見たということで大変センセーショナルだったのです.彼は,夫人の手に指輪がはまっているところをフィルムに撮ったのですが,人類は,生きている自分の内部が見えるようになったのです.これで恐らく20世紀はずいぶん変ったと思います.社会科学的にも人間に対する考え方が変りました.




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