電子情報通信学会誌
Vol. 86 No. 10 pp.742-746 2003 年10月
 
ハルト・バン・トンダ
京都大学大学院人間・環境学研究科
 
マイケル・ライオンズ 株式会社国際電気通信基礎技術研究所メディア情報科学研究所             
 
江島義道  正員 京都大学大学院人間・環境学研究科
 
Computational Analysis of Ryoanji Garden. By Gert J. van TONDER, Nonmember, Yoshimichi EJIMA, Member (Graduate School of Human and Environmental Studies, Kyoto University, Kyoto-shi, 606-8501 Japan),and Michael J. LYONS, Nonmember (Media Information Science Laboratories, ATR, Kyoto-fu, 619-0288 Japan).


龍安寺の石庭を科学する ハルト・バン・トンダ マイケル・ライオンズ 江島義道


■1. は じ め に

 美術作品の魅力を視覚理論から解き明かそうとする試みが次第に多くなってきている.筆者らも同じ動機から,優れた芸術作品といわれている龍安寺石庭の魅力の謎を認知心理学の概念を使って解析した.

 芸術作品中で特に枯山水庭園を選び,それを科学的に解析しようと思ったのは,そこに特別の至高な静寂を感じたことである.筆者らは,「庭園のどの側面がそのような静寂をもたらすのか」という疑問に,視覚の法則を使って答えたいと思った.と同時に,その回答が,その他の環境設計に適用できる一般性を持ち得るのかという疑問にも答えたいと思った.

 人間の視知覚は,様々の視覚手掛かりを一つの意味あるものにまとめる情報処理過程(グルーピング過程)に強く影響されることが知られている(1)

 このような視覚系のグルーピング過程は,光景を意味のある部分に分節する過程(図と背景の関係や図と図の帰属関係を明確化する過程)と理解することができる.

 Koenderink, Van Doorn & Kappers(2)は,分節は光景の物体の表面と局所的境界の有機的な相互関係で形成されると提唱している.初期の分節過程では,局所的な輪かく素と表面素が統合されて分節部の輪かくと領域が形成され,高次の過程では,分節部が統合されて図と地が形成されると提唱している.

 一方,図地分節の様々の性質は,ゲシュタルトの視覚法則としてまとめられている(3).ゲシュタルトの視覚法則が日本の庭園の研究に応用されなかったのは,むしろ驚きである.なぜなら,枯山水における多くのデザイン形態がゲシュタルトの法則と密接に関係しているからである.筆者らは,枯山水庭園の構図が知覚的体制化を容易にし,知覚的作業を軽減し,注意の散逸を軽減する効果(注意の集中効果)を持っていると考えている.これは,優れた庭園がしばしば静寂の雰囲気を持っていることの理由となり得るものである.ゲシュタルト心理学的アプローチから必然的に導かれる他の重要な点は,「地(視覚的背景)」に関係することである.「地」は,典型的な枯山水庭園においては「空虚な地」に対応する部分である.日本の美術では,「間」として,重要とされている概念である.

 本稿は,枯山水庭園の中でも最高とされる龍安寺の庭園を対象としたものであるが,グルーピングやゲシュタルトの法則が日本庭園においてどのように実現されているかに関する一連の進行中の研究(4)の一部をなすものである.



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