電子情報通信学会誌 Vol.87 No.8 pp.712-717 2004年8月

田中嘉津夫 正員 岐阜大学工学部応用情報学科
E-mail tanaka@tnk.info.gifu-u.ac.jp

Kazuo TANAKA, Member(Faculty of Engineering, Gifu University, Gifu-shi, 501-1193 Japan).



“怪しい”研究は面白い 火の玉とアンダーソン局在 田中嘉津夫


abstract  筆者らが1997年に発表した“火の玉アンダーソン局在仮説”のアイデアを思いついた動機,研究方法,発表論文の反響,米国“火の玉”名所の現地調査,について筆者の体験を述べる.本来,“怪しい謎”への挑戦が科学研究の原点である.未来の研究を担う本学会員に,火の玉研究のような“怪しい”研究の面白さ,楽しさを伝えたい.
キーワード:火の玉,電磁波,アンダーソン局在,増強



■1. “怪しい”火の玉の研究

 本学会員の多くは,少年少女雑誌に載った,ネッシー,バミューダトライアングル,UFO,超能力,幽霊,火の玉…,といった“怪しい”話題に一度は目を輝かした時代をお持ちに違いない.専門知識の学習,というより社会構造を学ぶにつれ,こうした話題が文字どおりアヤシゲな側面を持つことに気付き,次第に興味を失っていくのが研究者としての普通の成長であろう.筆者も小さいころは,大学の先生もこうした人間の好奇心に基づく“怪しい”謎の解明に日夜取り組んでいるのだろうと考えていた.しかし業界に入ってみると,研究は高度にタコツボ化,制度化されていて,そんな酔狂なことに時間や研究費を費せば業界で生き残れないどころか,昨今のカルト絡みの事件の影響で,“怪しい”話題を口にするだけで色眼鏡で見られてしまうというのが現実である.

 しかし,本来,科学研究は“怪しい”現象への好奇心から始まったはずであり,“怪しい”研究にはゾクゾク,ワクワクといった研究本来の楽しさがあるはずである.専門教育を受けた若者が,それらカルトにいとも簡単にはまってしまうのも困ったことだが,こうした話題を頭ごなしに拒否するのも知的好奇心を否定してしまい,若者の理科離れを加速してしまうことになりかねないだろう.好奇心に基づいた研究は本来“怪しく”また面白いはずであり,研究啓蒙の有力な手段にもなるはずである.独創的アイデアも,初めはみんな“怪しい”.真空管全盛のころに発明されたトランジスタも,マイクロ波全盛のころに発明されたレーザも,初めはみんな“怪し”かった.

 といった高尚な考えがあったわけではないが,日々の“怪しく”ないタコツボ研究にフラストレーションを感じる筆者も,以前から一度“怪しい”論文を“まとも”な論文誌に発表してみたいと考えていた.きっと研究は本来こんなに“怪しく”て面白いんダゾ,と学生にアピールできるに違いない.幸か不幸か“怪しい”火の玉の研究を“まとも”な論文誌に発表できたので,その体験談を楽しんで頂きたい.本稿では火の玉(Ball Lightning)研究全般の詳細は述べない.興味ある方は文献(1),(2)を参照して頂きたい.

■2. アンダーソン局在

 筆者が大学に勤め始めたころ,隣の研究室に日本のアモルファス半導体研究の草分け的存在だった仁田昌二助教授(当時)がみえた.大変活発な研究室でしばしば内外の著名な研究者が訪れセミナーを開催していた.当時,筆者のテーマは医用画像解析で,半導体とは関係なかったが,面白そうなので何度もセミナーにお邪魔した.セミナーでしばしば出てきたキーワードが“アンダーソン局在”(3)であった.もちろん初めは何のことやらチンプンカンプンだったが,門前の小僧習わぬ何やらで,次第に意味が理解できるようになった.ごく簡単にいうと,電子が伝搬する物質ポテンシャルのランダムさに起因する散乱波と,入射波の干渉によって電子波が伝搬しにくくなり電子が動けなくなる,言い換えると局在する現象である.原理は最近はやりのフォトニックバンドギャップ(4)とよく似ている.使う方程式は波動方程式だけで,電子がフェルミ粒子,電磁波はボーズ粒子という違いはあるが電磁波でも同じ現象は起きる.

 この現象を何か工学的に応用できないかと心の隅に置いていたところ,1991年に早稲田大学の大槻・大古殿両氏が,マイクロ波放電を使った“火の玉”実験をNature誌に発表された論文(5)を知った.大槻教授らは金網で作ったかごの中でマイクロ波放電でプラズマ火球を作り,火球が誘電体スラブを通過することを示した.実際“火の玉”は窓ガラスを破壊することなく通過することがしばしば目撃報告されており(1),この不可解な現象を科学的に説明することが一つの課題だったのである.この実験はテレビでも何度も放送されたので御存知の方も多いだろう.筆者も実際に見学させて頂いたことがあるが,輝く尾を引きながら火球が精妙に動きまわる様子は,(本物を見たことはないが)正に怪談に出てくる“火の玉”と呼ぶにふさわしかった.この“火の玉電磁波放電プラズマ説”は,元々は雷雲から放射される電磁波干渉が火の玉の原因,というカピッツァの理論的アイデアから始まったものである(6)

 この実験では放電を起すため網かごで作った一種の共振器を使って電磁波を局在させているが,自然界でこのような構造を考えるのは難しい.果たして自然環境の自由空間で電磁波が局在し,電界強度が放電を起すほど強くなるということがあり得るのだろうか?筆者らはある日,この疑問への回答の一つの可能性として,自然界にある屈折率,散乱体の様々なランダムさが,雷雲から発生する電磁波に“アンダーソン局在”を引き起し空中放電を起す,すなわち火の玉の原因とならないか?というアイデアを持ったのである.しかし,この“火の玉アンダーソン局在仮説”のアイデアを“まとも”な論文まで持っていくには長い時間がかかった.


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