電子情報通信学会誌 Vol.87 No.10 pp.861-866 2004年10月

黒須正明 独立行政法人メディア教育開発センター研究開発部
E-mail PFD00343@nifty.com

Masaaki KUROSU, Nonmember (R&D Division, National Institute of Multimedia Education, Chofu-shi, 182-0022 Japan).



ヒューマンセンタードデザインとユーザビリティ評価 黒須正明

abstract  ヒューマンセンタードデザイン(人間中心設計)という考え方について,その成立までの歴史的な流れと人間工学や認知工学などの研究成果を援用しながらマン・マシンシステムの改善に貢献した動きについて述べる.更に人間のためのものづくりの考え方として人間中心設計という考え方が生まれ,ISO13407という規格によって,その概念と目標が明示された経緯を説明する.特にISO13407は人間中心の設計プロセスを明確にした点に大きな意義がある.評価中心だったユーザビリティ活動が,それ以降,上流工程にまで拡大され,ユーザビリティ活動の再評価につながっている.加えて,評価とユーザリサーチの取組み方について概観する.
キーワード:人間中心設計,ヒューマンセンタードデザイン,ユーザビリティ,ISO13407


 

1. ヒューマンセンタードデザイン以前の状況

 ものづくりの歴史を振り返ると,原始共同体では作り手と使い手が小さな集落に共存しており,作り手は使い手の意図や要望を肌で感じることができたと想像される.そうした状況ではあえて人間中心という主張をする必要はなかった.

 しかし産業が発達し,大量生産システムが導入されると作り手と使い手は分離され,作り手には使い手の姿が見えにくくなってしまった.技術の進歩が進み,いわゆる成熟製品と呼ばれる品物がそれぞれの使い手のもとに飽和的に存在するようになると,状況は変化した.

 飽和している製品の買換え需要を喚起しようと,作り手側は新しい機能を追加し,性能向上を図ることになった.言い換えればユーティリティ性が製品の目玉として注目され,そのための技術開発が強化された.しかし問題は,そうした技術開発が使い手の要望に基づいて行われず,それ自身の流れとして一人歩きをしてしまったことにある.そのため使い手の要望をきちんと確認することなく,従来技術の延長として技術開発が続けられ,出来上がった技術を製品に反映する,というパターンが出来上がってしまった.

 しばらくの間はそれでも何とかなってきた.使い手側は新しい機能に魅了され,また多数の機能があるという事実に魅了されて製品を買い続けたからだ.その意味で,従来技術の延長方向で技術開発を行い,それを製品に適用するというシーズ指向的なアプローチは安泰のようにも思われた.しかしそのやり方は徐々にほころびを見せてきた.

 そこで見直されたのがニーズ指向のアプローチである.もちろんそれ以前からニーズ指向という言葉は使われてきたし,経営者は顧客のニーズをきちんと把握するようにといってきた.またマーケティングのアプローチが,そして顧客満足(CS)という取組みが,それに対する答えをもたらすことが期待されていた.しかし現実には,マーケティングはシーズ指向的なものづくりがどのようにしたら市場に適合するかを考えるようなアプローチにとどまることが多かったし,CSの動きも明確な取組み方を提案できずにいた.

 

1/6

| TOP | Menu |

(C) Copyright 2004IEICE.All rights reserved.