【 −システムLSIの可能性と課題− 】

黒 田 忠 広



図4 インプランタブルコンピュータ
メガネに取り付けたセンサが受けた画像情報を眼球に埋め込んだチップに
電波で送り,網膜神経を電気的に刺激して,失明した人の視力を復活させる.
ノースカロライナ大学で研究が進められ,臨床試験に成功している.

http://www.ece.ncsu.edu/erl/faculty/wtl_data/retina.html


 このようにコンピュータがダウンサイジングするほど,低電力であることと,無線インタフェースを有することの二点が重要になってくる.電力が大きくては携帯に不便だし,体内にはインプラントできない(目玉焼きになり胃が焼けてしまう).無線インタフェースがないと着脱が困難だし,埋め込めない.もちろん高性能なコンピュータはネットの向こう側に必要であるが,端末には,低価格で低電力で使いやすいインタフェースが求められる.システムLSIの競争軸は,今後このように変ると思われる.

 コンピュータがダウンサイジングして専用の端末になると,端末をネットワークにつなぐ通信技術が重要になる.まずは,Local Area Network(LAN)が,オフィスから家庭(Home LAN)に浸透するであろう.次に,人の周りに形成されて人とともに移動するPersonal Area Network(PAN)が発展するであろう.

 携帯電話は,PCの次の巨大市場として,最も期待される分野である.携帯電話は人と人をつなぐ通信であるが,モノとモノをつなぐ通信は,更に大きな市場を作るであろう.その先駆けの技術がBluetoothである.Bluetoothは,PCと携帯電話をつなぐ技術である.モノとモノが通信を始めると,ドアのノブから衣類や人体に至るありとあらゆるところにLSIが使われるようになるだろう.だれが部屋に入ってきたかも自動的に認識され,その人の好みに応じてローカルに空調を調整するオフィスも可能になるだろう.また,非接触ICカード(RFID)や非接触ICタグ(RFTAG)は,現在の磁気カードやバーコードに取って代り,日常の様々なところで応用されるであろう.一例を挙げると,テレフォンカード,クレジットカード,定期券,社員証,工場における製造工程の履歴管理システム,ビルの入退室管理,商品の在庫管理,宅配便や航空手荷物の自動追跡や仕分けシステム,などである.

 図5に示すのは,カリフォルニア大学バークレイ校で研究が進められているスマートダストである.MEMS(Micro ElectroMechanical Systems)技術を使い,わずか1mm立方にレーザや無線による通信装置,センサ,プロセッサやメモリ,電池などを集積した,文字どおり「賢いちり」である.至る所にセンサが置かれ,地球をネットワークで覆いつくす.分散情報処理の時代はすぐそこにきている.



図5 スマートダスト
MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術を使い,
わずか1mm立方にレーザや無線による通信装置,センサ,
プロセッサやメモリ,電池などを集積.カリフォルニア大学バークレイ校で研究されている.
http://robotics.eecs.berkeley.edu/~pister/SmartDust/



 無線の送信には,およそ距離の二乗から四乗に比例した電力が必要である.球状に広がる電波の電力密度は,理想的には表面積すなわち半径の二乗に逆比例するのだが,実際には反射や吸収も起るのでもう少し電力が必要になる.したがって,遠距離を一気に通信するよりも,幾つかの中間ノードを中継して通信する方が,通信効率が良くなる.例えば,50mの距離を通信するには,1bit当り1.25nJのエネルギーを要すが,10mの距離ならば2pJで済むので,4回中継しても10pJで済む(図6).実際には,ネットワークの経路探し,中継,保守などが必要になるので,これは机上の計算でしかない.しかし,効率良く自律分散的に経路を探す方式もいろいろと研究が進んでいる.例えばSwarm Intelligenceがその一つである.Swarmとは蟻や蜂の群れのことである.一匹一匹は単純な行動原理に従っているだけなのに,それが群れとして高い知性を発揮するのはなぜか?例えば,蟻は,フェロモンに誘われて移動し,自らもフェロモンを出しながら移動する.フェロモンは揮発性なので時間とともに霧散する.したがって,エサと巣の最短経路により多くのフェロモンが残る結果となり,それが蟻の行列を導くのである(図7).この単純なアルゴリズムは,ネットワークのふくそうが少ない分散解決型プロトコルに使えるかもしれない.ほかにも,協調ロボットやアッセンブリラインでのマシンの役割調整など,いろいろと応用が研究されている.



図6 通信効率

無線通信に必要なエネルギーは,距離の二乗から四乗に比例する.
遠距離を一気に通信するよりも,短距離通信を中継して通信する方が,通信効率を高くできる.



図7 Swarm Intelligence
  蟻や蜂の行動をモデル化したアルゴリズムの研究が注目されている.
蟻や蜂が単体としては単純な行動原理に基づきながらも群れとしては驚くほど
組織的効率的に行動できるのはなぜだろうか?蟻は,フェロモンに誘われ移動し,
自らもフェロモンを出しながら移動する.フェロモンは揮発性なので時間とともに霧散する.
したがって,エサと巣の最短経路に,より多くのフェロモンが残る結果となり,
それが蟻の行列を導くのである.


 このように,システムLSIの進展は,新しいアプリケーションと技術を生み出すであろう.こうした技術の流れを背景に,本小特集では,一億超トランジスタ時代を迎えたシステムLSIの代表的なアプリケーションとして,以下の三つの技術を解説している.“2-1 ゲーム機向けシステムLSI”(斎藤光男氏,ほか)と,“2-2 Blue-tooth応用システムLSI”(高柳俊成氏,ほか)と,“2-3 DVD用システムLSI”(清家忠義氏,ほか)である.この三つの技術は,個人の生活に密着したこれからの代表的なアプリケーションである.






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