3. ヒューマンセンタードデザインの旗頭:ISO13407

 ISOの規格には様々なTC(Technical Committee)が関与しているが,人間工学を担当しているTC159の中にあるSC4という「人間とシステムのインタラクション」を扱う委員会の中に,WG4という「対話システムの人間中心設計プロセス」というワーキンググループがあり,そこから1995年の暮れにISO13407(3),(4)という規格のWD(Working Draft)が提案された.その題名は「インタラクティブシステムのための人間中心設計プロセス」というものだった.この規格はその後の慎重な討議検討を経て,1999年の投票によりIS(International Standard)として成立したが,ヒューマンセンタードデザイン(人間中心設計)がどのようなものかを具体的に提示し,ユーザビリティ活動のスコープを拡大する上で大変大きな役割を果たすものとなった.なお,日本では翌年の2000年にJIS Z-8530としてJIS規格の仲間入りをした.

 この規格の重要性を高めた最大のポイントは,それがプロセス規格であったという点にある.つまりこの規格は,従来ユーザビリティ活動の中心をなしていた評価活動をその一部として含めると同時に,ヒューマンセンタードな設計を行うためにはそうした評価活動だけでは不十分であり,設計の上流工程から一貫した取組みが必要であり,それぞれの取組みプロセスにおいてヒューマンセンタードな姿勢をとることを主張したのである.

 ISO13407におけるユーザビリティの定義は,前年の1998年に制定されたISO9241-11(JIS Z8521:1999)「人間工学-視覚表示装置を用いるオフィス作業-ユーザビリティの手引き」(5)によっている.そこでは,ユーザビリティの指標として「有効さ(Effectiveness)」「効率(Efficiency)」「満足度(Satisfaction)」の三つが規定されている.これらの概念は規格の表現によれば,ユーザが指定された目標を達成する上での正確さと完全さ(有効さ),ユーザが目標を達成する際に正確さと完全さに費やした資源(効率),不快さのないこと及び製品使用に対しての肯定的な態度(満足度),となる.これらをまとめてユーザビリティは「ある製品が,指定されたユーザによって,指定された利用の状況下で,指定された目標を達成するために用いられる際の,有効さ,効率及びユーザの満足度の度合い」と定義されている.この定義からも分かるように,ISO9241-11,そしてISO13407では,ユーザビリティを単に使いにくい点や分かりにくい点を改善するという消極的な意味合いではなく,もっと積極的な意味合いで位置づけている.その意味でも,ISO13407によって,ユーザビリティ活動は評価だけを行うことから発展して,より広く設計に関与し,ひいては売上げにも貢献するものとして位置づけられたのである.

 ISO13407の特徴である設計プロセスとして,この規格では,

 (a) 利用の状況の把握と明示
 (b) ユーザと組織の要求事項の明示
 (c) 設計による解決案の作成
 (d) 要求事項に対する設計の評価

という四つのプロセスを規定している(図1).すなわち,ヒューマンセンタードデザインのプロセスは,コンセプト立案から始まり,評価によって要求事項を満たすことが確認されるまで,反復的に実行されるものとされている.最初の利用状況に関するプロセスでは,ユーザの特性やその仕事の特徴と仕事を行う環境を確認することが求められている.また二番目の要求事項のプロセスでは,ユーザと組織の要求事項を整理し,それに基づいて機能配分を適切にすることが求められている.三番目の設計による解決案のプロセスは,シミュレーションやモックアップにより解決案を具体的に設計することであり,最後の評価のプロセスは,設計へのフィードバックのためにユーザや組織の目的が達成されているかどうかを確認することである.また特に設計による解決案を作成するプロセスと評価のプロセスは,反復的に実行されて問題点を解消するようにすることが要求されている.

 

図1 人間中心設計の考え方を具体的に示したISO13407のプロセス図

図1 人間中心設計の考え方を具体的に示したISO13407のプロセス図


 これらのプロセスはばらばらに独立しているものではなく,上流のプロセスが下流のプロセスに連動している.つまり,利用状況の理解に基づいて要求事項が整理され,それに基づいて設計による解決案が作成され,解決案は要求事項に照らして評価確認される,というようになっている.したがって,この規格で規定されているデザインプロセスは,革新的な技術が開発されたことをきっかけにして,その後から技術の利用法を考えるというシーズ指向的なものではなく,ユーザの求めていることを充足するためのニーズ指向的なものである.その意味で,ヒューマンセンタードデザインは,ISO13407によって明確にそのアプローチが規定されたことになる.

 なお,この規格に関する情報が日本に入ってきた当初は,これが非関税障壁となる可能性が危惧され,一種の黒船論として関連業界を心配させた.規格では認証に関する記述もあり,その認証を取らないと輸出ができなくなると考えられたのである.結果的には諸外国によってそうした運用はなされず,認証取得活動もほとんど行われずに現在に至っているが,こうした経緯のためにユーザビリティの必要性が産業界に認識され,ユーザビリティ活動が活性化するという結果となった.

 また,この規格の存在が産業界に知られることにより,ユーザビリティ活動が評価を中心とした消極的なものではなく,ある意味では製品やシステムの価値を生むものであると考えられるようになった.またこの規格はコンピュータを利用した対話型システムを対象としたものであったが,考え方としてはコンピュータを利用していない機械製品,例えば自転車のようなものにも適用できるし,その思想は建築や都市設計にも援用が可能である.

 

3/6

| TOP | Menu |

(C) Copyright 2004IEICE.All rights reserved.