【 画像で見せる ──CG技術のヒューマンコミュニケーションへの応用── 】




3. “化身話”コミュニケーションシステム

 3.1 “化身話”とは

 本稿で述べている“化身話”とは“Avatar language”を日本語に置き換えた造語である.ジェスチャをコミュニケーションに利用する意味からは“手話(Sign language)”でもよく,本稿で述べる研究の初期の段階では手話の用語を使っていた(4),(5).しかし,手話は障害者が利用する言語という意味が確立していて,手話の用語に引きずられて研究内容が障害者のためのもの,という先入観が入ること,化身(Avatar)のような,必ずしも人体をモデル化するものではない新しい表現とコミュニケーション技法に対応して,従来の約束事にはしばられない,発想を自由にできる非言語コミュニケーション技術を展開していく目的でこの造語を使っている.


 3.2 CGによる化身話のデザイン

 化身話コミュニケーションでは化身を作ってサイバースペース内で動かす必要があり,これはCGによるキャラクタの作成とアニメーション化である.このようなものはゲームや映画の世界では極めて高度なものが実現されている.しかし,ここでは化身話という概念に沿って,研究室レベルで実現できる化身話のデザインとCGアニメーション化の結果について述べる.

 化身のデザインに当たっては,高速生成とリアリティのトレードオフの関係がある.つまり,簡単なCG表現,例えば二次元のキャラクタなら高速な生成と表示が可能である一方,通常のパソコン利用では高速処理が難しい.このような点を考慮し,ポリゴンを組み合わせた二次元の切り絵モデルを用いて,三次元空間で動作を表現する方式で作成した化身のアニメーション例を図1に示す.この化身作成には高速処理を考え,スタック処理を主体にしたForth言語と,動作を記述する際に上肢,下肢,手,指の動きの記述をリスト処理で行うのに適したLisp言語のそれぞれの特徴を生かした新しいLifo言語を開発してアニメーション作成に利用している(4).




図1 化身話のアニメーション例  「彼(左図)が彼女(中図)に物を贈る(右図)」を表現している.


 3.3 表情の漫画的表現

 表情は非言語コミュニケーションの重要な要素である.インターネット上のチャットシステムで,表情で感情を伝える際,表情を抽象化した漫画を送受信するシステム――Comic chat――の実用化の研究がある(1).化身話コミュニケーションでもこのような漫画的表現は有効なもので,顔の部品を表情に対応させ変化させたものをAU (Action Unit)方式で組み合わせ,表情をデザインして伝送して良い結果を得ている(6).

 漫画における表情表現は化身話に利用する上で大きな示唆を与えてくれる.漫画は抽象化された人物の表現であり,したがって,表情も線画的なもので写真の表情より場合によっては,より良く感情を伝えるメディアとなっている.また,現実にはあり得ない表現で,例えば,顔に水玉状の汗を描くとか,暗い気持ちの斜線を描くとかで,漫画独特の表現も可能である.このような技法を取り込んだ漫画的な表情のデザインを行うシステムを図2に示す(6).図2では感情の基本表現である「喜怒哀楽」に,漫画で用いられる特殊表現,こめかみに星状の怒りの表現,前述の影の表現,冷や汗とかの拡張表現等と,それらの合成表現をカーソルを動かして度合いを選ぶことにより表情のデザインを可能にしている.


図2 漫画表現による表情生成システム
  「喜怒哀楽」の標準表現の度合いを画面上のバーで調整し,
汗,涙,影(暗い気持ち)等の漫画表現が付加できる.




 3.4 日韓化身話コミュニケーション

 化身同士がサイバースペースで遭遇したときに,感情や意志を言語の壁を超えてどの程度伝えることができるかは,化身話による非言語コミュニケーションの有効性そのものの研究課題である.その課題に取り組むためにも,実際に異言語間で化身話コミュニケーションシステムを構築する必要があり,実験システムの構築と簡単な通信のシミュレーション実験を行ってきている(4)〜(7).化身話は従来用いられている手話を利用でき,例えば韓国での手話動作「私は学校に行く」を三次元モデルのCGアニメーションで表現したものを図3に示す.このような手話アニメーションを作成していくためには化身の動作を記述するパラメータを得る必要があり,運動を逆にたどるinverse kinematicsを利用したエディタを開発しつつある(7).更に三次元モデルを化身話チャットシステムとして用いる場合は,ライブCG技術のような,実時間でのモデル生成と表示技法の開発が必要で,この点最近の高度なゲームのCG技法の利用が考えられる.

 感情に付随する表情は人類共通なものであり,単純な感情の伝達は図2でのシステムでデザインしたような表情や,それに色塗りを行った表情で充分相手側に伝えることができる.一方,身体の動作や手・指の形状で意味を持たされるものは,特定の民族の習慣や文化,言語にかかわっている場合が多く,近い文化や言語間では,身体を使っての表現が似ていると推測できる.もし,化身話の通訳を言語を介して行うことを考えれば,言語構造が近いものほど有利と考えられる.ただし,ここら辺のことはまだ十分な検討がなされていない.

 前述のような理由もあり,文化や言語が似通っている日本と韓国での化身話コミュニケーション実験を検討してきている(4),(5),(7).このように国や民族が異なる場合,それぞれの国や民族が一目で分かる方法も要求されてきており,図4の化身話チャットのシミュレーション例では日本人は侍のような身なりで,韓国は民族服で表現している.これは国(民)のアイコンを作ることでもあり,今後いろいろな方法を検討する必要がある.


 3.5 通信衛星を介したインターネット化身話通信

 通信衛星利用による大学間での共同利用研究が1991年から始まっている.通信衛星で知的作業空間を構築して,仮想実験室等での作業を考えると,簡単な動作や意志の伝達であれば化身話による処理が考えられ,そのような研究が端緒についたところである(6),(8).

 通信衛星の利点は,衛星が利用できるという前提の下で,例えばへき地,離島,船舶といった地上回線がカバーできないところでのインターネット環境を構築できる点がある.一方,衛星では時間遅れの問題があり,テレビ会議等で送受信間での音声と画像のずれが問題になる.この点化身話通信では非言語通信であり,モニタ画面でのキャラクタの動作を見ているので,実画像と音声による直接通信より時間遅れに対処できることが考えられ,今後の研究課題である.


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