この結果は,我々の専門である電子顕微鏡分野とは異なった量子力学の分野で反響があった.しかし間もなく反論も出た.この実験は,電子線の一部が磁性体に直接当たっているので,AB効果の検証にはなっていないのではないか.確かに,電子線は磁石を透過している.しかし,それだからこそ孔の中と外との位相差の絶対値が観測できるのである.反論する人達は,入射電子線の波動関数が磁石の表面でゼロになるような境界条件で実験すべきであるという.
超伝導体で取り囲まれた磁束は,h /2e で量子化される.h /2e の磁束は電子線の波面をちょうど1/2波長だけずらすので,磁石内部にトラップされた磁束が磁束量子の奇数本のときには,干渉じまのずれは干渉じま1/2本分となり,偶数本のときにはずれはなくなる.磁束の量子化は,磁束が完全に超伝導体で取り囲まれたときにしか起らないので,外部に磁界が全く漏れていないことをも保証してくれる. こうして,マクスウェルが物理量と考え,1世紀以上にもわたって,数奇な運命をたどってきたベクトルポテンシャルは,再びよみがえることになった. かくしてAB効果の存在は,真空中を走る電子を使って実証された.ところが,その後IBMのウェッブによって金属中の電子もAB効果を示すことが見いだされた(4).極めて細いリング状の回路を作り,低温にしてリングの2点間に電流を流すと,リングの片方を通る電子と,もう片方を通る電子が出会ったときに干渉を起すのである.その証拠にリングを貫く磁束を変えると,両側の電流の位相差が変化して,全体の電流が大きくなったり小さくなったりするのである. これまで金属中の電子の振舞いで,量子力学を本当に必要とするのはバンド理論だけで,あとは古典物理学で事足りていた時代もあった.ところが,今や人工的に作った微細な回路の中で,電流というマクロな量が干渉を起すまでになった.こうしてメソスコピック物理と呼ばれる分野が登場し,物性領域にも本当の意味の量子力学が登場したといえる. 更に昨年,カーボンナノチューブでもAB効果が起る証拠が得られたことがNatureに報告された(5).2点間の電流の通り道には,まっすぐに最短距離をたどる道のほかに,チューブを右に左に一回りする道もあるため,これらの電流が干渉し合う.その結果,チューブの中を貫く磁束によって流れる電流が変化する.かくして,AB効果は“量子力学の神髄”を示す重要な現象と見なされるまでになった. |
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