シャノンの情報理論に私が接したのは,名古屋大学工学部電子工学科で1960年に開講された「情報理論」の講義でした.そのときのテキストは,本多波雄先生が著された「情報理論入門」でした.講義をされたのは,本多先生と八高時代の級友でいらした赤尾保男先生でした.それは3年生向けの講義で,それまでに受けた電磁気学,電気回路論,固体物理学などのような講義とは,全く違った新鮮な感銘を受けたのを思い出します.

 その後1962年,大学院に進学して,宇田川_久教授のもとで,論理回路の信頼性向上に関する研究を学位論文のテーマに選び研究を始めました.論理回路やオートマトン,ノイマンの多線論理,シャノンの多重化スイッチング回路,論理回路の符号化などを勉強していました.情報理論の勉強をと思うのですが,そのころ出版されていた情報理論に関する書物は,数えるほどしかありませんでした.紀伊国屋書店から見計らいで研究室に持ち込まれたのがファノの情報理論でした.それまでのテキストと違い,がっしりした骨太の感じがしました.宇田川先生のセミナーでこれを読んだのです.これが1965年の4月の紀伊国屋書店からの翻訳出版につながりました.いきさつは,そのあとがきに触れられていますが,懐かしく思い出されます.

 ところで,シャノン理論は,コミュニケーションにおける意味内容の問題を捨象して,確率的現象として「情報現象」をとらえて,「情報」の量をビットという単位で量ることに,その特徴と成功のもとがあると思います.情報の量さえ分かれば,通信システムやコンピュータの設計ができます.これが現在の情報通信革命に至る技術開発を可能にしたと存じます.このことは,だれも疑いの余地を持っていないと思います.

 一方でシャノンは,自然言語の情報量を量ることを試みました.英語の生成過程をn−1次のマルコフモデルで近似してn を無限大にした極限で英語の持つ情報量を量りました.n−1次マルコフモデルは,n -gramモデルとして,最近,また,方々で自然言語処理に用いられています.コンピュータの能力がスピード,メモリ共に飛躍的に大きくなるとそのようなアプローチが大きな意味を持つと思います.巨大な言語データを扱うことができるようになるからです.この10年くらいの間にコーパスベースの自然言語処理が大きな進展をしています.これは,シャノン流のアプローチと思います.また,シャノン流の統計的言語モデルの研究が盛んになり,かな漢字変換や音声認識ソフトウェアで実用になっています.

 シャノンのアプローチとは全く逆の考えをしたのは,チョムスキー(Chomsky)だと思います.チョムスキーは,人間の持つ言語知識とはいかなるものか,また,それはいかにして獲得されるのかの問いに答えるために科学的な言語理論を確立しようとして生成文法を提示しました.チョムスキー理論をベースにした機械翻訳が推進されたあと,コーパスベースの機械翻訳の研究が始まっていることは示唆深いと思います.

 もう一つ.シャノンは1941年にMathematical Theory of the Differential Analyzer, Journal of Mathematics and Physics, vol. XX, no.4, December, 1941(微分解析機の数学的理論)を発表しています.これは,integrators(積分器),adders(加算器),function units(関数ユニット),gear boxes(定数倍)を用いて生成できる関数のクラスを与え,またそれらの装置を用いて常微分方程式が解けるための条件を明らかにしています.いわばアナログ計算機の計算可能性を論じています.最近になって,C. MooreらによるRecursion Theory on the Reals and Continuous-Time Computation, Theoretical Computer Science, vol.162, pp.23-44, 1996(実数上の帰納的関数論と連続時間計算)が発表されました.これにも,量子コンピュータの研究が広く始められている中,シャノンの仕事の現代性を見る思いです.

 シャノンは情報通信革命のボタンを押した傑出した20世紀の天才であると思うのですが,同時に極めて工学的というか,テクノロジー的視点からも際立った才能とセンスにあふれた科学者と思います.このことは,歴史上最も重要な修士論文といわれるシャノンの論文,Symbolic Analysis of Relay and Switching Circuits, Trans. AIEE, vol.57, pp.713-723, 1938(リレーとスイッチング回路の記号的解析)やシャノンとマッカーシがエディタのAutomata Studiesの中の論文,A Universal Turing Machines with Two Internal States(状態数2の万能チューリング機械),などの論文にも強く感じられます.シャノンのきらきらと輝くアイデアが感じられます.



17/23


| TOP | Menu |

(C) Copyright 2000 IEICE.All rights reserved.