2.2 イオンの検出
 次はできたイオンを検出するというところです.ここでいいます検出器は質量分離部で分離したイオンを電子の流れ,電気信号に変換することを意味します.それまで質量分析で検出してきたイオンというのは,最大質量数,イオンの大きさが大体数千程度でありました.たんぱく質は数万です.原理的にイオンの分子量が増えるに従い,その速度は低下します.同じエネルギーで引けば速度は小さくなります.イオンを電子に変換する効率が零になる場合,すなわち検出できない.せっかく飛んできているのに検出できないという場合があります.

 感度を上げるにはどうすればいいか.最も簡単な方法は質量分離後に再度イオンを加速するポストアクセラレーション(Post Acceleration),後段加速と呼ばれるものです.質量数が大きくなるほど感度を増大させることができました.もう一つの方法は,イオンをいったん電子に変換する.Ion to Electron Conversionという方法です.この方法でも質量数が大きくなるに従って強度を増大させることができるようになりました.当時の同僚の一人,井戸豊は,この両者,ポストアクセラレーションとコンバージョンによる効果が期待できる検出器を開発して,特に巨大分子,例えばたんぱく質,それが発生したとしても十分な感度で検出できるようにしました.


 2.3 スペクトル測定

 さて,ここからが最も電気,電子工学を活用した部位の説明です.検出器の感度が向上しても,巨大分子イオンの強度は微弱で非常に弱いことが予想されます.特に微量の試料を測定する場合は十分なSN比が得られなければ定量分析が行えない.したがって,スペクトルの積算回路が不可欠といえます.私どもはメーカですから製品を作らなければなりません.製品には高速測定が求められるため飛行時間のスペクトル測定の積算回路をグループの中で開発しました.当時の同僚,秋田智史はパイプライン法を採用したアナログ−ディジタル変換回路(A-D変換回路)を開発して測定の高速化を実現しました.釈迦に説法なのですが,ベクトル型計算機といった方がいいでしょうか,スーパコンピュータに採用されている方法です.ものすごい集積度であります.時間分解能は10ns,当時としては最高分解能です.強度分解能は24bitあります.リアルタイム積算測定で最高処理速度は1kHzです.また,通常,低質量は強度が強く高質量は強度が弱い.その両方のイオンを同時に測定する必要があるために,感度を1μs未満という高速で切り換えることができる増幅回路も開発しました.これにより,より広いダイナミックレンジを確保することができるようになりました.

 もう一つ測定回路があります.「Time to Digital Converter」,TDC回路です.先ほど申し上げましたA-D変換回路は最高時間分解能は10nsです.私たちはこの分解能でも不十分と考えました.そこで,吉田佳一は,強度情報は犠牲にしてもイオンの到達時間を高精度に測定する時間ディジタル変換器(Time to Digital Converter)を開発しました.これによりまして飛行時間を最高1nsの時間分解能で測定できるようになりました.A-D変換回路の10倍の精度になります.このように飛行時間型(Time of Flight MS)というナノセカンドの高速現象を分解能高く測定できるようになったのは,もちろん電気,電子技術の発展があったからであります.これがなければ測定しても意味がなかったというふうになります.

 もう一度操り返しになりますが,私を含めた5人のどの1人が欠けても巨大分子イオンの測定は行われなかったわけです.私たちはイオン化技術の最先端を走っていただけでなく,質量分離技術,測定技術でも最先端の一翼を担っていたわけです.これら1980年代に私たちが開発した技術が一つの出発点となりまして,1990年代に入りまして飛行時間型TOF-MS技術が質量分析の主流になってきています.それの出発点の一つになったということは非常に嬉しいことだったなと思います.



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