電子情報通信学会誌 Vol.87 No.2 pp.83-87 2004年2月

伊理正夫 正員:フェロー 東京大学名誉教授 (財)日本測量調査技術協会
 E-mail Irimasao@gakushikai.jp

Masao IRI, Fellow (Professor Emeritus of the University of Tokyo, Association of Precise Survey and Applied Technology).


空間情報の標準化の意義と現状 Significance and the Present State of the Standardization of Spatial Data 伊理 正夫


 情報化社会という言葉が語られ始めて既に久しいが,その実態はいまだ余り明らかでなく,足が地に着いていないことは確かである.GISこそ,地に足の着いた,新しい時代の新しい社会基盤であるとの考えに基づいて,空間情報の国際的・国内的な標準化の流れと現状,またそれに関連した各種の課題等について,なるべく広い視点から余り形式張らずに,述べる.
キーワード:空間データ基盤,相互運用可能性と標準化,標準化の歴史と現状,新時代の地図とは,標準化に伴う課題

■1. は じ め に

 近ごろ新時代の情報化社会の社会基盤である地理情報システム(GIS=Geographic Information System)に対する認識がかなり高まりまた深まってきた.これに何らかの形でかかわっている人々の間ではGISとか空間データ(SD=Spatial Data)あるいは空間データ基盤(SDI=Spatial Data Infrastructure(≠Strategic Defense Initiative))という言葉はすっかり人口に膾炙かいしやしていると思われているかもしれないが,筆者がいろいろな機会に接する人たちとの会話などから感じるところでは,ほとんどすべての研究者・技術者がその何たるかを正しく理解しているという段階にはまだ達していないように見える.そこで,本題に入る前に少々の前置きを加えてみたい.

 GISの“定義”はいろいろであるが,例えば「GISとは,地理的位置を手がかりに,位置に関する情報を持ったデータ(空間データ)を総合的に管理・加工し,視覚的に表示し,高度な分析や迅速な判断を可能にする技術である.」というようなものもある.しかし,我々の社会生活においてそもそも位置に関係しないデータを考えることは難しいし,また空間データを利用できる対象は千差万別・多種多様であろう.実際,GISというものは非常に巨大な概念であって,だれがその定義をしても,古風な表現になるが結局は「群盲象を撫でる(涅槃経・六度経など)」ことになってしまう.それにひるまずに,あえてGISの活用場面の一部を挙げてみると,国土計画,都市計画,環境管理,道路管理,河川管理,文化財保護,福祉行政,地籍管理,各種の課税の公平な実施,建築確認,防災計画,危機対策,電気・ガス・上下水道・通信等の公共事業の施設管理・工事調整,市場調査,新規店舗の出店計画,物流の計画・実施,顧客管理・営業活動,観光案内,道案内(カーナビ,人ナビ等),等々,際限がない.もちろん応用対象が異なれば必要とされるデータの種類も異なる.しかし共通的に必要不可欠な“基盤情報”があると考えるのは自然であろう(これも人により立場により幾らかは異なろう.あとで訂正するが,乱暴にいえばそれは電子化された地図のようなものである).それを“空間データ基盤”と呼んでいる.

 少し横道にそれるが,我々の文脈における“空間”は英語ではspace,ドイツ語ではRaum,等々であるが,宇宙空間とかすき間とかを意味するものではなく,都市空間,生活空間,居住空間等の“空間”である.また,GISの“S”は,初めはデータベースのようなものを念頭に置いたSystemのSであったことは間違いないが,学者・研究者の中にはより格調を高めてScienceのSだと解釈しようという人もいる.更に,データベースそのものよりも使い道・使い方のほうが重要だというのでServiceのSだとか,社会全体がGIS化されるという話なのでSocietyのSにしようという人もいる.



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