■3. 龍安寺庭園における「地」の構造解析

 筆者らは,日本の枯山水庭園に中心軸解析法を適用した.以下に,龍安寺の庭園に筆者らが見いだした形態的構造の概略を述べよう(11)

 龍安寺の枯山水庭園は,紹介をするまでもなく世界的に有名である.庭園は,傾斜する石砂にちりばめられた5グループの岩群からなるが,極限までに簡素化された構造を持ち,禅の真髄を示すものと考えられている.しかし,この単純な構造が,そこを訪れる人にどうして強い印象を与えるのかは謎とされている.

 ここに示すHST法に基づく結果は,心理物理学的事象をよく説明できるように選んだシャンティング係数(Kovacsらのモデル(5)によって得られた係数)を使って導かれたシミュレーションの結果である.中心軸は,主な鑑賞所といわれる場所に向かって収れんしている.庭全体の俯瞰的構造は,3レベルの単純な枝構造を持ち,同じ性質を持った2分枝構造が繰り返されている.それは,自然界でよく見かける形状であり,生命体(例えば動物や植物)や非生命体(地理,流体,雲など)の形状を想起させるものである.庭の持つ木構造は非対称的ではあるが,それは寺院の建築構造と緊張感を持ちつつうまく調和している.

 岩の一部を除いたり,追加したり,ランダムな配置に変更すると,鑑賞所に向かって収れんしていた中心軸が,一体性を持つ分枝構造の規則性から外れ,欠落したものになる.ほとんどの場合,木構造は実際のものとは,似ても似つかないものになる.このことは,龍安寺の独創的な構造が偶然に作られたものではないことを示す証拠ということができよう.

 筆者らの計算機モデルの信頼性をテストするために入力刺激にじょう乱を与えてみた.最初の計算では,岩の輪かくの強さに対応する情報として,岩の高さに比例した値を与えたが,じょう乱として,大きい石も小さい岩も同じ値を与えたらどのような変容が起るかを分析してみた.その結果,空間的木構造は,ほとんど影響を受けず,基本的な構造はほぼ同じであった.唯一の例外は,小さな,雑音的な枝が追加されたことである.その主な中心軸は,オレンジ色で図2の(b)と(c)に描いている.最左の岩のグループは,最初の木構造の幹に合流する枝を形成する.それを拡大すると,この局所的な枝構造と大局的な木構造の間には,共通の性質が存在することが観察される.図3(c)は,図形的理解を容易にするため,局所的な木の一部を鏡像的に折り返したものである.(c)と(d)には,その拡大図も描いている.局所的な構造と大局的な構造が驚くほど類似しており,同一の自己相似性の2分枝構造を持っている.それぞれの鏡像は,同一の鑑賞所に向かって収れんしている.最左の岩群は,5群の岩で構成されている全体的な構造のミニチュアとなっている.


(a)

(b)
(c)
(d)
図2
(a) 龍安寺の中心軸変換.建物と庭の平面図は,大山(12)による.岩の外かく線は砂の長方形の内部にあるように見える.しかし,縁と建物(方丈)の外かくは,庭園の部の下に描いている.方丈の中心部は青の太線で描いている.岩の輪かくの強さは,岩の高さに比例した値に設定した.(b) 岩の輪かくの強さをすべて同じ値に設定したときの中心軸(c),(d) 庭園の中心軸(c)とじょう乱を与えたときの中心軸(d).

 

(a)
(b)
     (c)
(d)
(e)
図3 
(a) 局所的な中心軸の拡大図 (b) 大局的な中心軸 (c) 鏡像変換をしたあとの中心軸と一部の拡大図 (d)(c)の一部の拡大図 (e) 全体的な中心軸


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