1.
総     論

−システムLSIの可能性と課題−

黒 田 忠 広

電子情報通信学会誌

Vol.84 No.8 pp.552-558

2001年8月
黒田忠広 正員 慶應義塾大学理工学部
E-mail kuroda@elec.keio.ac.jp

An Introduction of System LSI's:Possibility and Issues.
By Tadahiro KURODA, Member(Fuculty of Science and Technology, Keio University, Yokohama-shi, 223-8522 Japan).

★ABSTRACT

 集積回路は,ムーアの法則に従って発展してきたが,デバイスの微細化が限界に近づき,大きな曲がり角に差し掛かっている.しかし,システムLSIは,21世紀の高度情報化社会を開く重要な基盤技術であり,社会の期待が高い.システムLSIの進展は,コンピュータの更なるダウンサイジングと通信との融合を可能にし,我々の生活の質を向上させるアプリケーションを生み出すだろう.そのためには,直面する課題である電力と配線と複雑さの壁を乗り越える技術開発が重要になる.

キーワード:システムLSI,ムーアの法則,ダウンサイジング,低電力,無線インタフェース


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■1. ムーアの法則の可能性と限界

 集積回路の指導原理は,デバイスをスケーリングすることである.スケーリングによって,回路性能は向上し,製造コストは安くできるからである.

 DRAM(ダイナミックランダムアクセスメモリ)の容量は,これまで3年で4倍ずつ増えてきた.マイクロプロセッサのトランジスタ数も,2年で2倍ずつ増えている.こうした経験則は,「ムーアの法則(Moore's Law)」として,広く知られている.

 スケーリングの内訳を詳しく見てみよう.2年ごとに,デバイスは20%スケーリングされ,チップサイズは14%大きくなると仮定しよう.そのためには,リソグラフィー技術やプロセス技術の進展,ウェーハの大口径化,製造技術の改善による歩留り向上などが必要である.その結果,集積できるトランジスタの数は,約2倍になる.DRAMでは,更にデバイス構造や回路を工夫することで,3年で4倍の高集積化を果たしてきた.もっとも,DRAMのこうした工夫はそろそろ限界に近づき,今後はDRAMの集積度も2年で2倍になるだろうとの予想が多い.

 一方,スケーリングにより,電圧と電流と容量が比例縮小されると,回路動作は高速になる.容量と抵抗の積で決まる時定数が小さくなるからである(詳しくは表2).マイクロプロセッサの動作周波数は,過去10年間でおよそ50倍に改善された.そのうち13倍がスケーリングの効果で,残りの4倍がアーキテクチャの改善による.換算すると,動作速度も2年で2倍ずつ改善されたことになる.ただしDRAMのサイクル時間は,10年で1/3程度にしか改善されていない.DRAMでは高集積化に重点が置かれた結果である.

 一方,集積回路の製造コストは,パッケージ代やテスト代を除いて考えるとチップの製造コストになるが,それは1枚のウェーハ当りの製造コストを1枚のウェーハから取れる良品チップの数で割った値になる.ウェーハ口径を大きくして,かつ製造技術を改善することで歩留りを高くできれば,良品チップの数を増やして,チップコストを下げることができる.DRAMの次世代品が現在に比べてビット単価が安くなる時点で,DRAMの世代交代が進むのである.

 このように,応用によって効果の違いはあるものの,数年で数倍といった急速な性能の改善(これを広義のムーアの法則と理解しよう)がスケーリングによって実現できたのである.ムーアの法則に沿ってスケーリングを進めることが集積回路技術の開発指針であった.

表 1 LSI技術の進展とアプリケーションの推移



 今後もムーアの法則が続くとすると,将来どのような技術が手に入るのだろうか?試算結果をまとめたのが表1である.2000年以降は,DRAM混載技術を前提に試算した.集積できるトランジスタの数は,2003年には日本の人口を超え,2013年には世界の人口に達する.2015年には人間の脳のニューロンの数を超えるであろう.単純に計算を繰り返すと,21世紀後半には,全人類の脳のニューロンの総数に匹敵するトランジスタが集積できるようになるのだが,こうなると我々の想像を全く超えた話になる.いずれにせよ,集積回路の発明からわずか100年の間の話であり,技術進展がいかに急速であるかが理解できよう.

 しかし,ムーアの法則は,2010年までに限界を迎えるだろうと考えている技術者は多い.例えば,トランジスタのゲート酸化膜は,1.5nm程度(分子4個分)に薄くなるとトンネル漏れ電流が流れてしまう.現在のゲート酸化膜厚は,およそ2nmである.あるいは,回路の消費電力密度は,既に30W/cm2に達し,これは調理用ホットプレートの3倍以上である.熱の発生が許容できない水準に達しつつある.こうした課題の現実的な解決策は,まだ見つかっていない.産業界がまとめた技術ロードマップでは,こうした難題は赤く示されているのだが,2010年の技術項目を見るとそのほとんどが真っ赤になっているのである.

 集積回路技術が大きな曲がり角にきていることは確かである.新しい原理のデバイスの発明や新しい指導原理の発見が急務であるが,果たしてそれは可能であろうか?振り返ると,これまでも集積回路の限界説は何度か繰り返されてきた.しかし,多くの努力が払われた結果,いずれの壁も乗り越えてきた.今度こそ本当に難しいという声が多いが,なおさらブレークスルーを期待したいところである.

 集積回路は,21世紀の高度情報化社会を開く基盤技術として期待されている.その需要はムーアの法則以上に大きい.例えば,最近のインターネットの通信量は,年率4倍で急増している(Gilder's Law).あるいは,遺伝子機能解析に必要な情報処理量は,2000年の1兆Byteから2004年には100兆Byteになるといわれている.
いつまでも指数関数的な成長が持続する技術も考えにくいが,しかし一方で,社会がその実現を強く望み,世界中の英知と努力を傾ければ,多くの難題も解決できよう.そのことを期待して,集積回路がこれまでと同様の進化を続けることができたら,どのようなインパクトを社会にもたらすかを,次に考えてみよう.





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